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卒業式・修了式・感謝礼拝 式辞(2019年3月9日)

学長 福井 次矢

 本日、学部を卒業される皆さん、大学院を修了される皆さん、おめでとうございます。

 また、ご両親をはじめとするご家族、ご支援をされてこられた皆さまにも心からお祝い申し上げます。

 卒業あるいは修了される皆さんにとって、聖路加で過ごした日々は、必ずしも楽しく、心軽やかな日々ばかりではなかったことと思います。どちらかというと、新たな知識や技術を身に付ける過程、プロセスで、つらかったことやストレスに感じたこと、緊張した場面など、苦難を経験することも少なくなかったのではないでしょうか。

 大学では、主として専門知識や技術を身に付けることが喫緊の目的とされます。しかしながら、私自身、医療分野の仕事に携わっての43年間を振り返りますと、専門知識や技術そのものよりも、専門知識や技術を取り巻く二つのテーマの重要性を、とりわけ最近になって、ますます強く感じるようになってまいりました。

 それら二つの点について簡単にお話ししたいと思います。

 第一に、専門知識と技術そのものというよりも、知識と技術を新たに獲得する方法や手順、プロセスの重要性であります。

 皆さんが聖路加で努力して獲得した、今まさに皆さんの身に付いている知識や技術は、現在の考え方・基準では、妥当性なもの、理に適ったものではありますが、加速度的に発展を続ける医学・医療の分野では、知識が誤っていた、あるいは技術が不要になったという状況は今すぐにでも起こりうると考えなくてはなりません。

 一例として、ずっと疑問視されてきた免疫の仕組みを利用したがん治療薬が京都大学の本庶先生によって開発され、がんの治療が数年単位で大きく変わりつつあることを思い浮かべていただければと思います。

 知識や技術が大きく変わる場合でも、知識や技術を獲得する方法や手順、プロセスさえ身に付けていれば、新たな状況に速やかに対応することができます。つまり、すでに獲得した知識や技術よりも、知識や技術を獲得する方法や手順、プロセスが重要になる場面が大いにありうるということであります。

 聖路加での学びの期間に皆さんが経験した、つらかったこと、ストレスに感じたこと、緊張した場面などの苦難は、知識や技術を獲得する過程、プロセスを身に付けるための苦難であったとも言えます。そのような苦難の大きさや多さは、今後専門職業人として、柔軟性を持って生き抜く力、困難や障害を乗り越える力として必ずや実を結ぶものと思います。

 二つ目の点は、獲得した知識や技術を賢明かつ良心的に用いる能力の重要性であります。
 
 たとえば、最近マスメディアで扱われることが多くなっていますゲノム編集という素晴らしい技術が開発され、人の遺伝子をかなり思うままに改変できるところまで科学技術は進歩してきています。しかし、中国の研修者がゲノム編集した子供を作ってしまったという事例からお分かりのように、問題は、その技術をどのように用いるかであり、わが国を含む科学技術先進国は、倫理的側面、法律的側面、社会的側面をより深く考えることの重要性、難しさに直面しています。特にわが国は、これら三つの人文学的側面-倫理の英語Ethical、法律のLegal、社会のSocial、そして問題という意味の英語Issueのそれぞれの頭文字を並べてELSIといわれますが-、このELSI分野の研究者も少なく、対応が後手に回っているように思われます。

 英国のヴィクトリア朝の哲学者ジョン・ステュアート・ミルは、「知性と良心を心に植え付けられた、有能で賢明な人間は、自分自身の力で有能で賢明な専門職業人になる」という意味のことを述べていますが、皆さんには、獲得した知識や技術を賢明かつ良心的に用いる能力、倫理的側面、法律的側面、そして社会的側面、つまりELSIについてもバランスよく考えることのできる能力を身に付けられるよう願っています。

 以上の二つの点とは異なりますが、最後に、ブランディングについて述べたいと思います。皆さんは、好むと好まざるとにかかわらず、本日をもって聖路加のラベルを貼られる、聖路加ブランドを身に纏うことになります。

 ブランドという言葉は、現在、一般的には商標、銘柄、特に名の通った銘柄を指しますが、家畜の所有を示す焼き印、かつては罪人に押した焼き印、烙印という恐ろしい意味もあったようです。

 皆さんは、これから聖路加の多くの先輩方が確立してきた名の通った聖路加ブランドを身に纏うわけです。そのことはしばしば、客観的に言って皆さんの業績がまだ大したことがなくても、周囲の人々は聖路加の先輩方の業績やイメージに基づいて、皆さんを過大に評価する、つまり、良い方向へのバイアス、偏見を持たれ、場合によれば不当にライバルとして警戒されることさえあるかもしれません。

 このことが負担になって能力を発揮できないということのないよう、皆さんには、周囲の人々のそのような有り難い偏見、バイアス、少々誤った期待を逆手にとって、大いに活用して、あっと驚くような、素晴らしい仕事をされますことを願っています。

 皆さんの進路はさまざまと思いますが、昨年よりも今年、昨日よりも今日、一歩一歩自分自身を高める努力を続け、自分自身が変化し向上することを実感し、そのことに喜びを見出し、同時に、多くの人々・社会に役立つ営みを続けられるよう祈念いたします。

 改めまして、本日、学士として、あるいは修士、博士として、専門職業分野に旅立たれる皆さんに心からお喜び申し上げ、私からの式辞とさせていただきます。