WHOCCWHO Collaborating Center for Nursing Development in Primary Health Care

WHO News(2019年度)

看護 2020年3月号 第72巻 第3号

2020年、WHOハンセン病世界戦略の最終年を迎えて

2020年の到来を目前に控えた2019年11月、日本では、「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」の施行と「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」の改正という動きがあった。隔離政策の下、患者家族が受けた差別と偏見による苦しみ、そして、患者として隔離され、親や子、きょうだいと引き裂かれた苦痛を国として認め補償し、名誉回復に努めるという取り組みである。このように、差別や偏見という社会的な課題への取り組みがクローズアップされるハンセン病であるが、ここでは、日本と世界の現状および対策の動向を概観する。

世界では毎年20万人以上の新たな患者が報告

 日本におけるハンセン病の患者数は、戦後、衛生環境の変化や経済状況の向上、特効薬の導入により著しく減少した★1。新規患者数は、2014〜2018年の5年間で毎年2〜7名、日本人に限れば0〜1名である。また、患者は乳幼児期の感染が今になって発症したとみられる70歳以上の方々である★2。新規患者の多くはハンセン病の高負担国(WHOの定義による)から来日した在日外国人の方々であり、日本において、新たに感染を受け発症するケースはないと言っていい★2。このような現状から、今や「過去の病気」とさえ語られ、差別や偏見という社会的な側面が取り組むべき課題となっている。

 視線を世界に転じてみたい。2000年、グローバルな公衆衛生上の問題としてのハンセン病は制圧された(制圧の定義は「登録患者数が人口1万人当たり1件未満」)。これは、1991年のWHO総会において掲げられた「2000年までにハンセン病を制圧する」という目標の下、各国政府が強力にコミットし対策が強化されたこと、そして、1995年以降、国際パートナーの協力で世界中のすべての患者に多剤併用療法が無料で提供されるようになった成果である。

 しかし、現在、患者の減少は停滞し、世界で毎年20万人以上の新たな患者が報告されている。新規患者の約80%は、インド、ブラジル、インドネシアの3カ国に集中しているが、多くの国で局所的に患者発見の割合が極めて高い地域が多数認められている。これは、「ハンセン病がもはや脅威ではなくなった」という誤解により、世界各国においてハンセン病対策に注がれる資源や人員が削減されたこと、ハンセン病への関心・知識が低下したこと、そして、根強く残る差別や偏見によって患者が受診を躊躇し発見が遅れることが背景にあると考えられている★3,4。

WHOが新たな戦略を展開

 このような状況の下、WHOにより、2011年から2015年の5年間、すべての患者の発見と多剤併用療法の貫徹をめざす「ハンセン病による脅威のさらなる軽減に向けた世界戦略」が展開された。そして、2016年、WHOは、「ハンセン病の世界戦略2016-2020:ハンセン病のない世界への加速」という最新の世界戦略を打ち出した。これは、2020年を最終年とし、ハンセン病の専門知識の保持、ハンセン病に精通したスタッフの増加、ハンセン病によるグレード2の障害(視認できる変形や損傷の存在)の減少、差別や偏見のない社会の実現をめざすものである★5。2020年までの具体的な達成目標として、新しい小児患者での障害をゼロにすること、グレード2の障害者の割合を100万人当たり1未満にすること、ハンセン病を理由とする差別を許すような法律を持つ国をゼロにすること、という3つが掲げられている。

 2020年、今年の終わりにこれらの目標が達成されていることを、そして、目標達成の取り組みがハンセン病の患者とその苦しみを生み出す社会のありようを変化させ、そこに暮らす人々に安寧がもたらされることを願ってやまない。そのために、私たちは何ができるのか、また、2020年を超えて何をなすべきなのか、考え続けることが必要である。
(文責:江川優子)
★ 未来のある時点に目標を設定し、そこから振り返り現在することを考える方法
★1 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/468-leprosy-info.html
★2 https://www.niid.go.jp/niid/ja/leprosy-m/1841-lrc/1707-expert.html
★3 https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S2214-109X%2819%2930330-4
★4 https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2426-iasr/related-articles/related-articles-456/7830-456r03.html 
★5 https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04191037.html

看護 2020年1月号 第72巻 第1号

第3回WHOコラボレーティングセンター連携会議が開催

 WHOコラボレーティングセンター(以下:WHOCC)には、WHOの活動プログラムを国際的に展開するため、世界約80カ国にある800以上の研究施設や大学等が指定されている。最近の日本国内のWHOCCの活動としては、2017年4月に第1回、2018年4月に第2回連携会議が開催され、今年度は2019年9月6日(金)、葛西健WHO西太平洋地域事務局長の訪日に合わせ、国立国際医療研究センターで第3回連携会議が開催された。

今後の活動に向けて

 本会議は、日本国内の30施設のWHOCCより49名、WHO西太平洋地域事務局(以下:WPRO)から2名の計51名が参加し、⑴葛西事務局長より、WPROの今後の方向性、日本国内のWHOCCへの期待を伺う、⑵日本国内のWHOCC各機関の活動概要およびWHOCC間の連携・協力について共有する、⑶WHOCC間の連携・協力推進のため、情報および意見の交換を行う、という3点を目的に開催された。
 WPROの施政方針について、葛西事務局長より①WPROの状況、②WPRO各国からWHOへの要望、③重要なテーマに対する対応方法などについて説明があった。具体的には、①西太平洋地域は、GDPが年間平均7%の速さで上昇しており、同時に、発展がもたらす経済格差や都市化、高齢化、気候変動などさまざまなチャレンジにも直面している、そして、②WPRO各国やパートナーとのコンサルテーションを実施した結果、WPRO各国は、WHO本部に4つの優先テーマ(1.健康保障と薬物耐性、2.非感染性疾患〈NCD〉と高齢化、3 . 環境と気候変動、4. 手の届かない人々に届ける)と、WHAT〈何を〉(例:ガイドライン)だけでなく、HOW〈どのように〉(例:どのように実施するか、どのように政策をつくるのか)に踏み込むことを求めている。また、③4つの優先テーマに対応する方法として、現在、7つの運用シフト(イノベーション〈革新〉、バックキャスティング★、システムへのアプローチ/ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ〈UHC〉、土台向上、国への影響の測定と推進、医療部門を超えた健康、戦略的なコミュニケーション)を掲げており、未来を先に考えて後ろ向きに対策を考えるバックキャスティングが重要であることが説明された。会場からは質問や意見があり、NCD、気候変動、UHCと健康システムの変換などは、地域レベルでの専門アドバイザーグループの設置も検討されていること、WHOCCの専門家はオブザーバーとして参加できることなどが説明された。
 現在、各国のニーズとWHOCCをつなげるシステムの構築や、ニーズをシステマティックに拾い、リソースパーソンになり得るWHOCCをプールすることができないかという議論が起こっており、WHOCCとして、どのように世界に貢献していけるかを考えさせられる機会となった。

各WHOCCの活動をプレゼンテーション

 会の後半には、日本国内の各WHOCCから3分のプレゼンテーションを行い、どのような活動を他のセンターがしているのか理解を深めるよい機会となった。聖路加国際大学(以下:本学)も活動概要を発表させていただいた。本学は、WHOプライマリーヘルスケア看護開発協力センターとして来年で30周年を迎える。主に、1.People centered careモデルの推進、2.母子保健におけるヘルスリテラシーの向上、3.途上国の看護助産教育支援の3つの付託条項を契約している。最近の活動概要としては、Nursing Nowキャンペーンへの参加とWPROが上海で開催した第3回医療従事者教育改革会議にオブザーバー参加したことを報告した。国際的に高齢化が進む中、プライマリーヘルスケア促進に向けた保健医療専門職の育成について、ラオス、ベトナム、カンボジア、モンゴルの参加者とともに意見交換を行った。
(文責:大田 えりか)
★ 未来のある時点に目標を設定し、そこから振り返り現在することを考える方法

看護 2019年11月号 第71巻 第13号

国連機関と協働したアスベスト関連疾患撲滅活動

教育プログラムをフィリピンで開催

アスベストおよび関連疾患についての知識を普及
 アスベストは、吸い込むと数十年後に石綿肺、肺がん、中皮腫などの重篤な疾患を引き起こす。
 世界保健機関(WHO)は、労働災害によって10万人、さらに環境曝露によって数万人が毎年関連疾患によって死亡しているとして、国際労働機関(ILO)と共同でアスベスト関連疾患の撲滅を呼びかけている。先進国はアスベスト製品を規制しているが、規制前に使ったアスベスト製品がすべてなくなるまで人々のアスベストへの曝露は続く。しかも、アスベストは海や川に投棄すると蒸発する空気とともに有害な繊維を飛散させ、放置すれば繊維が風に舞い、薬品でも熱でも無毒化できないやっかいな物質である。WHOやILOが明言するように、アスベスト関連疾患撲滅の基本は、アスベストを使わないことである。
 先進国でアスベストの規制が行われるようになったことから、アスベスト市場はアスベストに関する危機感が薄い開発途上国を標的とするようになった。WHOとILOは、途上国にアスベストの危険性、代替品、曝露予防、および関連疾患の診断・治療に関する知識を普及させることを、関連疾患撲滅のための方針の1つとして挙げている。

フィリピンで「アスベスト関連疾患撲滅のための教育プログラム」を実施

 2019年7月に、国連環境計画(UNEP)が出資し、WHOとILOが協力して「アスベスト関連疾患撲滅のための教育プログラム」がフィリピンで実施された。対象者はフィリピンの行政官と医師で、講師は世界各国から集まったアスベストの専門家である。著者は、「アスベスト関連疾患における患者と家族のケア」と「アスベストの危険性に関する市民への啓発活動」を担当した。
 フィリピンでは、アスベストに関する法規制がなく、建材、水道管、車のブレーキ部品などにアスベスト製品が使用されている。公的に発表された関連疾患患者はいないものの、すでに数十名の患者が現地の医師らによって中皮腫と診断されている。WHO西太平洋地域洋事務局環境労働衛生部のBonifacio Magtibay氏は、「フィリピンでは、保健においては感染症、労働衛生においてはたばこ問題が優先され、数十年後に発症するアスベスト関連疾患への危険性については問題認識が低い。近年ようやくアスベスト含有水道管を代替品へ交換することが決まったものの、作業を行う労働者の曝露予防やアスベスト廃棄方法が課題だ」と述べた。
 フィリピンでは、がんスクリーニングが実施されていない上、健康保険でカバーされない化学療法は一部の富裕層を除いて受けられない。資源が限られる国でこそ、アスベスト使用規制や曝露予防が有効であるし、がん治療を受けられない患者にこそ看護が重要である。
 このプログラムは、今後、タイとジンバブエで引き続き実施される予定である。
(文責:長松康子)

看護 2019年7月号 第71巻 第9号

WHO西太平洋地域事務局におけるインターンシップ

WHOのインターンシップで求められること

 WHOは、世界各国から若者のインターンシップを受け入れている。インターンシップは、職員候補生の試用期間ではなく、将来国際保健に貢献する潜在的人材の育成を目的に行われている。インターンシップによって、各国はWHOでの研修経験を持つ国際保健に適した多様な人材を蓄えることができるようになり、若い学生たちは、WHOという組織の役割や職員の業務を具体的に理解する機会を得ることができる。 WHOのホームページ1)によれば、インターンシップ参加の条件は、20歳以上かつ大学4年生以上の公衆衛生関連分野の学生で、WHOの公式言語を1つ以上話せること。研修期間は6〜24週となっている。筆者は自身の経験から、WHOでのインターンシップへの参加には以下の2つが不可欠であると考える。

1. 英語による読み書きおよびコミュニケーション能力が十分にできること。
2. WHOという職場で取り組みたい健康問題の課題が明らかで、それについての臨床や研究経験を有すること。

 世界中からWHOのインターンシップに応募する若者は、英語の読み書きおよび会話に堪能なことは当たり前で、さらにフランス語やスペイン語などの主要言語もできることが多い。残念ながら、日本人は言語で外国人インターンに絶対的に劣る。一方で、他国からのインターンが20歳を超えたばかりの若者が多いのに比べ、日本人インターンは大学院生が主流であるので、WHOで貢献できるとすれば、日本が高水準を誇る看護の経験をインターンシップに還元することである。 聖路加国際大学大学院・国際看護学教室では、修士の学生を2017年度より国際機関のインターンシップに派遣している。2017年度はWHO本部のService Delivery and Safety(患者安全)部に3月から5月の3カ月間、2018年度はWHO西太平洋地域事務局のThe Expanded Program of Immunization(予防接種拡大プログラム)部に8月から9月の2カ月間、それぞれ大学院生を派遣した。

 本学では、派遣先を学生の特性や希望に合わせて検討しており、2018年度の学生は、マニラでのフィールドワークや感染症に関する研究経験があったことから、西太平洋地域事務局のインターンシップに応募した。以下に、インターンシップに参加した大橋明日香さんの活動報告の一部を紹介する。
(文責:長松康子)

データについて考えを深める機会に

 WHO西太平洋地域事務局のThe Expanded Program of Immunization(予防接種拡大プログラム)部で、テクニカルオフィサーの高島義裕先生のご指導の下、インターンシップを行いました(写真)。西太平洋地域での今後の指針を決める会議に参加することで、世界の健康戦略を、実際に地域での取り組みに編成していく過程を学ぶことができました。また、B型肝炎国際会議に向けた「西太平洋地域における医療従事者に対するB型肝炎ワクチン接種」に関する発表資料作成のお手伝いをしながら、データ収集方法やデータの正確性について考えを深める機会をいただきました。
(文責:江川優子)

参考文献
1)World Health Organization:WHO internship programme. (https://www.who.int/careers/internships/en/)[2019.5.9 確認]

看護 2019年5月号 第71巻 第6号

児童虐待の撲滅のために─暴力を生み出す社会の仕組みに働きかける

深刻さを増す児童虐待

 わが国では、日々、児童虐待事件が報道され、大きな注目を集めている。厚生労働省によると、児童相談所における児童虐待相談対応件数は、調査が始まった1990年度の1101件から増加を続け、2017年度に13万3778件と過去最高を記録した1)。わが国の児童虐待への取り組みは1989年に国連で採択された「児童の権利に関する条約」の批准(1994年)から本格的に動き出した。しかし、20年以上の取り組みを経てなお、児童虐待事件が後を絶たず、深刻さを増している。

グローバルレベルの協働で児童虐待撲滅を

 児童虐待は世界的にも重大な課題である。WHOによると、4人に1人が幼少期に身体的虐待を、5人に1人の女性・13人に1人の男性が性的虐待を受けたことがあるという。また、1年間に4万1000人の15歳未満の子どもがなんらかの暴力により死亡しており、その多くは児童虐待によると推測されている。このような状況を受け、WHOは、児童虐待を早急に取り組むべき世界的課題であるとしている2)。児童虐待は、被虐待児の死亡は言うに及ばず、虐待を生き延びた児の心身の成長発達に深刻な影響を及ぼす。被虐待児は、抑うつ、肥満、薬物・アルコール依存、望まない妊娠、性感染症といった健康問題を抱える傾向がある。また、被虐待児は、自らが暴力の加害者となる可能性が高いという。つまり、被虐待経験は、児に生涯にわたる深刻な影響を残し、被虐待児自身と周囲のWell-beingを損なわせるという個を超えて社会へ波及していく問題である。
 WHOとInternational Society for Prevention of Child Abuse and Neglect(ISPCAN)による報告では、児童虐待は健康問題や社会問題であるだけでなく、一国の深刻な経済問題でもあると述べられている3)。被虐待児の治療、加害者への対応、被虐待児の保護、被虐待児が抱える健康問題への対応等、莫大なコストがかかるという。米国を例にとると、児童虐待にかかわる直接・間接のコストは、GDPの1%に上るといわれる。さらに、児童虐待はこれから生産年齢人口として社会を支える年齢層に深刻な影響を残す。つまり、次世代を担う人材の損失という国家存続の脅威となり得る課題なのである。
 WHOとISPCANは、上記のような深刻な影響を与える児童虐待を、「暴力」という大きなカテゴリーに位置づけ、その対策の必要性を訴えている。この分類は、児童虐待が単一の現象ではなく、「子どもへの暴力」「近親者間暴力」「青年期の暴力」「自殺(自分自身への暴力)」「いじめ」「高齢者虐待」などの社会に存在するさまざまな形の暴力と密接に関連しており、すべての暴力が同じ根を持つことを示している。すなわち、児童虐待は、虐待を行う親や養育者という個にのみ帰される問題ではなく、暴力を生み出す、あるいは、暴力という手段でしか声を上げられない個を生み出す社会の有様を映す1つの形と捉えられている。「児童虐待という暴力」が生み出される社会の素地に働きかけていく必要性が表明されているのである。
 児童虐待防止への支援は、加害者である親・養育者と被虐待児という個の差し迫ったニーズに応えるだけではない。人々の生活が営まれる社会の中に存在する暴力を生み出す仕組みを捉え、変容させていく取り組みが不可欠である。われわれが生きる現代社会は、地域や国家という枠組みを越えて影響し合う。つまり、地域や国という境界線を越えたグローバルな視座から暴力を生み出す仕組みを見極め働きかけていくことが不可欠であり、グローバルレベルにおける協働が求められているのである。
(文責:江川優子)

参考文献

1)厚生労働省:平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>,2018.
(https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000348313.pdf)
2)WHO Child maltreatment Factsheet(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/ detail/child-maltreatment)
3)WHO/ISPCAN:Preventing Child Maltreatment: a guide to taking action and generating evidence,2006.