WHOCCWHO Collaborating Center for Nursing Development in Primary Health Care

WHO News

看護 2025年1月号 第77巻 第1号

看護教育におけるヘルスヒューマニティーズの可能性

ヘルスヒューマニティーズとは?

 ハフマンと井上のヘルスヒューマニティーズ(Health Humanities:健康人文学)の定義と分野特性は以下のとおりである。「ヘルスヒューマニティーズとは、保健・医療と芸術・人文学・社会科学を融合した新分野です。目的はこれらの分野の知識と実践がどのように医療者の教育と研究を進め変革していくか、そして患者・医療職者・その間にいるすべての人の健康とウェルビーイングにどのように貢献しうるかについて探求することです。ヘルスヒューマニティーズはアカデミックな一領域にとどまらず、持続可能な医療システムの確立とより健康的な社会の構築という共通目標に向かって、さまざまな人々を結びつける学際的な運動です」1)。
 この分野では、看護学ですでに注目されているテーマに関連する研究活動が多い。例えば、高度な倫理的・批判的思考能力の涵養、患者中心のアプローチ、創造的表現、医療者やケアラー自身のウェルビーイングに向けた相互回復などをテーマとする2)。

ヘルスヒューマニティーズの看護の課題への貢献

WHOの報告書3)は、看護教育・雇用・リーダーシップへの重点的な投資を呼びかけている。この中で、看護実践に関してはプライマリーケアが不可欠であり、今後も看護師の中心的な役割であることが強調されている。さらに看護師には、従来の生物医学的アプローチを超えた多くの役割が期待されているとの説明がある。例えば、健康教育において「患者や家族に対して、健康コーチ、スポークスパーソン、知識仲介者として活動する」ことや「尊厳と思いやりのある終末期の経験を可能にする」ことなどである。
 看護教育に関しては「看護教育に文化的な能力の育成を組み込むことへの注目が高まっている」「学士課程の看護教育プログラムにおいては、リーダーシップ、健康に影響を与える社会経済的要因、および『高度な臨床判断力と患者の安全に貢献する批判的思考能力』の開発に関する授業科目が含まれている」と述べられている。また、「看護教育に異なる分野の教育者を取り込み協働することで、他の分野の専門知識を看護師の教育に取り入れることができ、看護師の能力を高める可能性がある」と明記されている3)。
 前述の看護実践と教育における役割とニーズのすべては、人文学、芸術学、社会科学の分野で培われる学識、専門知識、アプローチから多大な恩恵を受けることができる。このような背景から、聖路加国際大学で第9回国際ヘルスヒューマニティーズ学会が、2020年にアジアで初めて開催された★1。2022年には、「看護研究」(第55巻6号)「特集 ヘルスヒューマニティーズと看護」が刊行された。2023年には聖路加国際大学大学院看護学研究科の修士課程においてヘルスヒューマニティーズ関連3科目が開講となり、2024年にこの分野における本邦初の学術書が出版された4)。
 今後、看護教育への貢献のために、より学際的な研究の展開が期待される分野である。
(文責:ジェフリー・ハフマン)

引用・参考文献

  1. Huffman J., 井上麻未 :A vision for health humanities in Japan:A proposed definition and potential avenues for application in nursing education and beyond, 聖路加国際大学紀要, Vol.5, p.8-13, 2019.
  2. ジェフリー・ハフマン:ヘルスヒューマニティーズとメディカルヒューマニティーズの教育に関する世界的動向(木下康仁, 他:ヘルスヒューマニティーズ 相互回復の実践・教育・研究), 新曜社, p.21-38, 2024.
  3. WHO:State of the world’s nursing 2020:Investing in education, jobs and leadership, p.13-14, p.16, p.21, p.22-23, 2020.(https://www.who.int/publications/i/item/9789240003279)[2024.11.13確認]
  4. 木下康仁, 他: ヘルスヒューマニティーズ 相互回復の実践・教育・研究, 新曜社, 2024.

★1 https://confit.atlas.jp/guide/event/ihhc2020/top

看護 2024年11月号 第76巻 第13号

患者安全の世界の動き:世界患者安全行動計画2021-2030と 世界患者安全の日

世界患者安全行動計画2021-2030

 患者安全は、すべての医療現場で担保されるべき基本的な前提である。しかし、回避可能な有害事象や医療に関連するエラー、リスクは、依然として世界的に患者安全における大きな課題である。これを受けて、2021年の第74回世界保健総会において、「世界患者安全行動計画2021‐2030」1)が正式に採択された。
 この行動計画は、「医療において害を被る者が一人としておらず、すべての患者が、いつでも、どこでも、安全で敬意にあふれたケアを受けられる世界」をビジョンとして掲げている。回避可能な害を世界的に最大限減らすことを最終目標とし、その実現に向けて7つの戦略目標が設定されている。各目標には5つの具体的な戦略があり、これに基づいて政府、医療施設・サービス提供者、利害関係者、そしてWHO事務局が取り組むべき行動目標が示されている。
 この行動計画には、医療施設が実施すべき130を超える具体的な行動項目が含まれている。日本語訳もあるため、これを参考に、日本の医療施設の皆さまも回避可能な害を減らす世界的な取り組みにご協力いただきたい。

世界患者安全の日

 世界患者安全の日2)(毎年9月17日)は、2019年5月にWHOの最高意思決定機関である世界保健総会において公式に制定された。以来、毎年異なるテーマが掲げられ、そのテーマに基づいて世界中で1年間にわたり啓発イベントが行われている。また、WHOはテーマの実践を促すコミュニケーションツールやガイドライン等の発表も行っている。
 2023年のテーマは「患者参画」であり、WHOはこれに基づき「患者安全権利憲章」3)を発表した。また、日本人の勝村久司氏にフォーカスした動画(図表1)4)★1を通じて、患者の政策関与の重要性についての啓発活動も行った。
 2024年の世界患者安全の日のテーマは、「患者安全のための診断の向上」である。正確でタイムリーな診断が患者安全において重要であることを認識し、「正確に、そして安全に!」というスローガンを掲げて、WHOは診断エラーを大幅に減らすため、世界全体での取り組みを呼びかけている。この取り組みは、システム思考と人間工学に基づいたものであることと、患者やその家族、医療従事者、そして組織リーダーの積極的な関与に基づく多面的なアプローチを前提としている。
 日本の医療施設でも、今後1年間にわたって「診断の向上」をテーマにその安全性を推進し、診断エラー削減の世界的規模の協働に参加していただきたい。
(文責:WHO西太平洋事務局 芝田おぐさ)

★1 1990年に陣痛促進剤を使った出産で長女を失い、医療安全のための市民運動に取り組む

引用・参考文献

  1. World Health Organization:世界患者安全行動計画2021-2030 医療における回避可能な害をなくすために, 田中和美, 他監訳, 2021.(https://anzenkanri.showa.gunma-u.ac.jp/wp_web/wp-content/uploads/2024/01/cfb9caff48a48cd94eec7e9e33ec43fe.pdf)[2024.9.20確認]
  2. World Health Organization:World Patient Safety Day.(https://www.who.int/campaigns/world-patient-safety-day)[2024.9.20確認]
  3. World Health Organization:Patient Safety Rights Charter.(https://www.who.int/publications/i/item/9789240093249)[2024.9.20確認]
  4. World Health Organization Western Pacific Region:Patient engagement:elevating the voices of patients and families for safer care.(https://www.who.int/westernpacific/news-room/feature-stories/item/patient-engagement--elevating-the-voices-of-patients-and-families-for-safer-care)[2024.9.20確認]

看護 2024年9月号 第76巻 第11号

“12th International Shared Decision Making Conference” 参加報告

共同意思決定SDM

 近年、わが国でも乳がんやうつ病などの各種診療ガイドラインにおいて共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)が強調されるようになり、対話のプロセスを重視する双方向性の意思決定法が注目されている。SDMとは、本人の価値観を明らかにし、相談しながら治療を選ぶ意思決定の手法1)であり、「医療とは、人々の健康問題への参加を可能にし、好みを尊重しながら提供されるものである」とするWHOのPeople Centred Care2)の概念を具現化したアプローチと言える。

ISDM2024に参加して

 2024年7月7日~10日に世界のSDMの研究者や臨床家が集う12th International Shared Decision Making Conference (ISDM2024)がスイスのローザンヌで開催され、筆者も参加した。ISDMは、2001年にイギリスのオックスフォードで第1回大会が開催され、以降隔年での開催を重ね、今年で12回目★1を迎えた国際学会である。本大会は「Coproduction:Harnessing the power of partnership」(共同創造:パートナーシップの力の活用)をテーマに掲げ、世界各国から約400人が集い、わが国からは、全7演題のポスター発表が行われた。
 さらに、筆者らは、中国、台湾、マレーシア、シンガポールの研究者らとシンポジウム「Shared Decision Making in Asia: Adaptations and Contributions」を企画し、わが国からは筆者が「Trends of SDM Research and its Clinical Adaptations in Japan」をテーマに、国内のSDMの取り組みについて報告した。そのほか、シンポジウムやワークショップではAI関連の演題も目立ち、医療コミュニケーションにおけるデジタル技術の活用や応用への期待の高まりが感じられた。
 また患者パートナーとして、当事者の方々も多く参加しており、登壇者の方々の語りに感銘を受けると同時に、大会テーマでもある「パートナーシップの力」を強く感じることのできた貴重な時間であった。
 学会参加者らとの意見交換を通じ、とても刺激的な4日間であった。今後も国内外の研究者や臨床家、そして患者パートナーと協働しながら、People Centred Careの実践に努めていきたい。

引用・参考文献

  1. Elwyn G, et al:Shared decision making:a model for clinical practice, Journal of General Internal Medicine, 27(10), p.1361-1367, 2012.
  2. World Health Organization:WHO global strategy on people-centred and integrated health services, 2015.(https://iris.who.int/handle/10665/155002)[2024.7.23.確認]

★1コロナ禍で2021が延期となり、2022(11th)、2024(12th)となった

看護 2024年7月号 第76巻 第9号

護職のエンパワメント:問題解決を通じたアプローチ

西太平洋地域における看護職のエンパワメント

 世界の保健医療従事者の60%は看護職であり1)、多くの看護専門職が、人々の生活に最も近いプライマリーヘルスケアを支えている。WHO西太平洋地域事務局(WPRO)が発行したホワイトペーパーでは、この地域における今後5年間の保健衛生の向上のための包括的なビジョンと戦略的枠組みを提言している2)。この提言を踏まえて、WPROはプライマリーヘルスケアの最前線で働く看護職のエンパワメントをはかり、目標達成に向けた行動力を向上させることを目的とした「実践的問題解決プログラム(カイケツプログラム)」(以下:プログラム)の開発を計画し、聖路加国際大学が委託を受け実施した。
 プログラムは、トヨタ式の問題解決手法を基盤に、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に不可欠な概念であるPeople-Centered Careの理念を組み込んで構成した。半年程度の期間をかけて、実際に自身の職場で解決したいトピックに取り組んでいくという実践的なプログラムであることが特徴である。7章から成るeラーニング動画で必要な知識を学びながら問題解決に取り組み、定期的に開催されるワークショップに参加する構成となっている。

プログラムをキリバスで開始

 プログラムは、2022年8月よりキリバス共和国(以下:キリバス)にて開始した。キリバスは太平洋上の33の島々から成る島国である。プログラムには、保健医療サービス省に所属する看護管理者5名が参加し、品質管理を専門とする問題解決アドバイザー古谷健夫氏を講師として、オンラインワークショップを7回実施した。参加者たちは予防接種率が低いことや病棟の看護師不足、恒常的な残業、医薬品の在庫不足などをテーマに問題解決に取り組んだ。参加者全員が現在の問題や要因を分析し、自らの目標を設定し、目標への道筋を見いだすことができた。
 保健医療サービス省からこのプログラムを他の看護職にも拡大するよう要請を受け、2023年8月より第2弾、9月から第3弾、10月から第4弾のプログラムを開始した。キリバスには首都にある中央病院のほか、3つの病院がある。このほかにはヘルスクリニックとヘルスセンターという2つのレベルの一次医療機関がある。これらの一次医療機関には医師は配置されておらず、メディカルアシスタントやコミュニティナースという看護職が、医療人材や医療資材が非常に限られた中で地域住民の健康を担っている。第2弾以降のプログラムには、これらの病院の看護師長やヘルスクリニックのメディカルアシスタントが計23名参加した。第2弾、第3弾の講師はWPROのコンサルタントが務めた。また、今後さらにプログラムを普及していくために、キリバス人看護職の講師育成をめざし、第1弾のプログラムの参加者から2名にファシリテーターとして参加してもらった。そして第4弾はそれまでファシリテーターを務めていた者の1名が講師を務め、WPROコンサルタントがそれを支援した。また第2~4弾については、第1弾の講師であった古谷氏が後方支援としてオンラインで講師たちへのコンサルテーションを行った。
 これまでのプログラム参加者の中から2、3名を対象とした日本でのToT(Training of Trainers)研修を計画している。この研修は日本の医療機関や公衆衛生分野での問題解決の実際を学び、キリバスでの問題解決の普及と実践に生かすことをめざしている。このプログラムによって、看護職のエンパワメントをはかり、その力が地域社会の健康を守ると期待される。
(文責:二田水 彩、大田 えりか)

引用・参考文献

  1. World Health Organization:State of the World’s Nursing 2020, 2020. (https://www.who.int/publications/i/item/9789240003279)[2024.5.24確認]
  2. World Health Organization Western Pacific Region:For the Future-Towards the Healthiest and Safest Region A vision for WHO work with Member States and partners in the Western Pacific. (https://iris.who.int/handle/10665/330703)[2024.5.24確認].

看護 2024年5月号 第76巻 第6号

Dr.Halfdan T. Mahlerの功績

世界保健デーのテーマ

 世界保健機関(WHO)が、1948年4月7日に創立されたことから、この日は「世界保健デー」に制定されている。毎年、WHOがテーマを掲げ、世界各国でそのテーマに関連したイベントが開催されるが、ここ数年のテーマは、「看護師・保健師と助産師を支援しよう(2020年)」「より公平で健康的な世界の構築(2021年)」「私たちの地球、私たちの健康(2022年)」であった。2023年の世界保健デーは、WHO創立75周年を記念し、「すべての人々に健康を:公衆衛生を向上させた75年」がテーマとなった1)。「すべての人々に健康を」はWHOの基本理念であり、1978年9月に採択されたアルマ・アタ宣言のスローガンとしても知られている。

Dr.Halfdan T. Mahlerの功績を思う

 アルマ・アタ宣言策定においてリーダーシップを執ったのは、第3代WHO事務局長(1973-1988)であったDr.Halfdan T. Mahler(1923-2016)である。Dr.Mahlerはデンマーク出身の医師で、1951年にWHOに就職した後、インドの結核対策にかかわり、「途上国の感染症対策には強力で基礎的な医療サービスこそが重要である」と考えるに至った2)。アルマ・アタ宣言では、健康を「単に病気や虚弱でないことだけでなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態」と定義し、人の基本的権利であることを明示して、先進国と途上国間、国内の健康上の不平等は、容認できるものではないとしている。
 アルマ・アタ宣言の中で「2000年までにすべての人々が社会的・経済的に生産的な生活を送ることができるレベルの健康を達成しよう」というスローガンを成し遂げるために提唱された戦略がプライマリーヘルスケア(PHC)であった3)。PHCは、その地域の主要な健康問題に焦点を当てること、地域や個人の最大限の参加を促すこと、それまでの主要な医療協力の目的であった感染症を中心とした疾患対策ではなく、「教育、栄養改善、安全な水、基本的衛生設備、母子保健、予防接種、風土病や一般的な疾患対策、必須医薬品などへのアクセスを確立するアプローチ」を提唱したことなどがよく知られている。中でも、開発途上国における医薬品販売をけん制した必須医薬品モデルリストの制定は高く評価されている4)。
 最終章では、軍備に費やされている資源をほかの目的に利用すればすべての人々の健康達成が可能だとして、軍事費の平和的、社会・経済的活用を推奨している。ウクライナやガザ地区の方たちを思うと、平和あっての健康だとしみじみと感じる。
 Dr.Mahlerが提唱した「2000年までにすべての人々に健康を」という理念が広く受け入れられた一方で、PHCは、資金不足などから、開発途上国での実施は限られていた4)。しかし、PHCは現在でもWHOの理念であり続けている。
 Dr.Mahlerは、2008年の第61回世界保健総会の講演で、「私たち全員が分配的正義の精神に基づき、社会的・経済的公平のための新たな地域的・世界的な闘いに挑まなければ、子どもたちの未来を守れない」と訴えた5)。
 Dr.Mahlerは2016年に亡くなり、ジュネーブの墓石には「Health for All. All for Health」と刻まれている。
(文責:長松 康子)

引用・参考文献

  1. https://www.who.int/campaigns/75-years-of-improving-public-health[2024.3.18確認]
  2. Snyder, A.:Halfdan Mahler, The Lancet, 389(10064), 30, 2017.
  3. https://www.who.int/publications/i/item/WHO-EURO-1978-3938-43697-61471[2024.3.18確認]
  4. Gulland, A.:Halfdan Mahler, BMJ, 356:j333, doi:10.1136/bmj.j333, 2017.
  5. https://www.who.int/director-general/speeches/detail/dr-halfdan-mahler-s-address-to-the-61st-world-health-assembly [2024.3.18確認]