WHOCCWHO Collaborating Center for Nursing Development in Primary Health Care

WHO News

看護 2024年7月号 第76巻 第9号

護職のエンパワメント:問題解決を通じたアプローチ

西太平洋地域における看護職のエンパワメント

 世界の保健医療従事者の60%は看護職であり1)、多くの看護専門職が、人々の生活に最も近いプライマリーヘルスケアを支えている。WHO西太平洋地域事務局(WPRO)が発行したホワイトペーパーでは、この地域における今後5年間の保健衛生の向上のための包括的なビジョンと戦略的枠組みを提言している2)。この提言を踏まえて、WPROはプライマリーヘルスケアの最前線で働く看護職のエンパワメントをはかり、目標達成に向けた行動力を向上させることを目的とした「実践的問題解決プログラム(カイケツプログラム)」(以下:プログラム)の開発を計画し、聖路加国際大学が委託を受け実施した。
 プログラムは、トヨタ式の問題解決手法を基盤に、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に不可欠な概念であるPeople-Centered Careの理念を組み込んで構成した。半年程度の期間をかけて、実際に自身の職場で解決したいトピックに取り組んでいくという実践的なプログラムであることが特徴である。7章から成るeラーニング動画で必要な知識を学びながら問題解決に取り組み、定期的に開催されるワークショップに参加する構成となっている。

プログラムをキリバスで開始

 プログラムは、2022年8月よりキリバス共和国(以下:キリバス)にて開始した。キリバスは太平洋上の33の島々から成る島国である。プログラムには、保健医療サービス省に所属する看護管理者5名が参加し、品質管理を専門とする問題解決アドバイザー古谷健夫氏を講師として、オンラインワークショップを7回実施した。参加者たちは予防接種率が低いことや病棟の看護師不足、恒常的な残業、医薬品の在庫不足などをテーマに問題解決に取り組んだ。参加者全員が現在の問題や要因を分析し、自らの目標を設定し、目標への道筋を見いだすことができた。
 保健医療サービス省からこのプログラムを他の看護職にも拡大するよう要請を受け、2023年8月より第2弾、9月から第3弾、10月から第4弾のプログラムを開始した。キリバスには首都にある中央病院のほか、3つの病院がある。このほかにはヘルスクリニックとヘルスセンターという2つのレベルの一次医療機関がある。これらの一次医療機関には医師は配置されておらず、メディカルアシスタントやコミュニティナースという看護職が、医療人材や医療資材が非常に限られた中で地域住民の健康を担っている。第2弾以降のプログラムには、これらの病院の看護師長やヘルスクリニックのメディカルアシスタントが計23名参加した。第2弾、第3弾の講師はWPROのコンサルタントが務めた。また、今後さらにプログラムを普及していくために、キリバス人看護職の講師育成をめざし、第1弾のプログラムの参加者から2名にファシリテーターとして参加してもらった。そして第4弾はそれまでファシリテーターを務めていた者の1名が講師を務め、WPROコンサルタントがそれを支援した。また第2~4弾については、第1弾の講師であった古谷氏が後方支援としてオンラインで講師たちへのコンサルテーションを行った。
 これまでのプログラム参加者の中から2、3名を対象とした日本でのToT(Training of Trainers)研修を計画している。この研修は日本の医療機関や公衆衛生分野での問題解決の実際を学び、キリバスでの問題解決の普及と実践に生かすことをめざしている。このプログラムによって、看護職のエンパワメントをはかり、その力が地域社会の健康を守ると期待される。
(文責:二田水 彩、大田 えりか)

引用・参考文献

  1. World Health Organization:State of the World’s Nursing 2020, 2020. (https://www.who.int/publications/i/item/9789240003279)[2024.5.24確認]
  2. World Health Organization Western Pacific Region:For the Future-Towards the Healthiest and Safest Region A vision for WHO work with Member States and partners in the Western Pacific. (https://iris.who.int/handle/10665/330703)[2024.5.24確認].

看護 2024年5月号 第76巻 第6号

Dr.Halfdan T. Mahlerの功績

世界保健デーのテーマ

 世界保健機関(WHO)が、1948年4月7日に創立されたことから、この日は「世界保健デー」に制定されている。毎年、WHOがテーマを掲げ、世界各国でそのテーマに関連したイベントが開催されるが、ここ数年のテーマは、「看護師・保健師と助産師を支援しよう(2020年)」「より公平で健康的な世界の構築(2021年)」「私たちの地球、私たちの健康(2022年)」であった。2023年の世界保健デーは、WHO創立75周年を記念し、「すべての人々に健康を:公衆衛生を向上させた75年」がテーマとなった1)。「すべての人々に健康を」はWHOの基本理念であり、1978年9月に採択されたアルマ・アタ宣言のスローガンとしても知られている。

Dr.Halfdan T. Mahlerの功績を思う

 アルマ・アタ宣言策定においてリーダーシップを執ったのは、第3代WHO事務局長(1973-1988)であったDr.Halfdan T. Mahler(1923-2016)である。Dr.Mahlerはデンマーク出身の医師で、1951年にWHOに就職した後、インドの結核対策にかかわり、「途上国の感染症対策には強力で基礎的な医療サービスこそが重要である」と考えるに至った2)。アルマ・アタ宣言では、健康を「単に病気や虚弱でないことだけでなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態」と定義し、人の基本的権利であることを明示して、先進国と途上国間、国内の健康上の不平等は、容認できるものではないとしている。
 アルマ・アタ宣言の中で「2000年までにすべての人々が社会的・経済的に生産的な生活を送ることができるレベルの健康を達成しよう」というスローガンを成し遂げるために提唱された戦略がプライマリーヘルスケア(PHC)であった3)。PHCは、その地域の主要な健康問題に焦点を当てること、地域や個人の最大限の参加を促すこと、それまでの主要な医療協力の目的であった感染症を中心とした疾患対策ではなく、「教育、栄養改善、安全な水、基本的衛生設備、母子保健、予防接種、風土病や一般的な疾患対策、必須医薬品などへのアクセスを確立するアプローチ」を提唱したことなどがよく知られている。中でも、開発途上国における医薬品販売をけん制した必須医薬品モデルリストの制定は高く評価されている4)。
 最終章では、軍備に費やされている資源をほかの目的に利用すればすべての人々の健康達成が可能だとして、軍事費の平和的、社会・経済的活用を推奨している。ウクライナやガザ地区の方たちを思うと、平和あっての健康だとしみじみと感じる。
 Dr.Mahlerが提唱した「2000年までにすべての人々に健康を」という理念が広く受け入れられた一方で、PHCは、資金不足などから、開発途上国での実施は限られていた4)。しかし、PHCは現在でもWHOの理念であり続けている。
 Dr.Mahlerは、2008年の第61回世界保健総会の講演で、「私たち全員が分配的正義の精神に基づき、社会的・経済的公平のための新たな地域的・世界的な闘いに挑まなければ、子どもたちの未来を守れない」と訴えた5)。
 Dr.Mahlerは2016年に亡くなり、ジュネーブの墓石には「Health for All. All for Health」と刻まれている。
(文責:長松 康子)

引用・参考文献

  1. https://www.who.int/campaigns/75-years-of-improving-public-health[2024.3.18確認]
  2. Snyder, A.:Halfdan Mahler, The Lancet, 389(10064), 30, 2017.
  3. https://www.who.int/publications/i/item/WHO-EURO-1978-3938-43697-61471[2024.3.18確認]
  4. Gulland, A.:Halfdan Mahler, BMJ, 356:j333, doi:10.1136/bmj.j333, 2017.
  5. https://www.who.int/director-general/speeches/detail/dr-halfdan-mahler-s-address-to-the-61st-world-health-assembly [2024.3.18確認]